| 311 多貮の諫皷鶏 2026/3/12(木) 13:16 |
3月10日、東日本大震災の被災地、石巻市震災遺構大川小学校に行きました。 児童74名、教職員10名が犠牲になった所です。テレビなどで報道されてご存知の方も多いと思います。 私は大学が宮城県だったので知り合いも多く、卒業生もここの教師をしていたと聞きました。 石巻市市内からも車で小1時間かかる遠い所だったのですが、友人が自家用車で連れていってくれて訪問がかないました。 津波は北上川を49km遡上しました。 大きく広い北上川を見てここに津波が・・・と私には想像できませんでした。 川上から小学校のある金谷地区へ向かいましたが、15年経っていますから道路も綺麗に舗装されています。シーンと音のない世界を川沿いに向かいました。川のそばの堀にはひっくり返ったままの船が放置されたままのところもありました。河川敷は良質の茅場としても有名だそうです。 まだ冬の景色、茶色の景色がさらに音を消しているようでした。 そのせいか近づくに連れて胸が締め付けられるようでした。 前方に黄緑色の鉄鋼の綺麗な橋が見えて、500m以上の長い橋です。渡るとそこに大川小学校があります。 前日のせいか訪問している人は思ったより少なかったです。 写真を撮ると綺麗に見えて、実際との違いを感じました。 校庭に避難すると校舎の裏側に北上川、まさかあの大きな川を越えて津波が来るとは想像できませんでした。 裏に山があるのですが、すぐに登れるような山ではありません。 多くのミスが重なって悲劇が起きてしまったと思いました。

新北上大橋(河口から5km) |

広い大きな北上川 |

校舎があって川は見えません |

校舎の上まで津波 |

屋上まで上がったランドセル |

右の端が津波で破壊 |
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| 311 多貮の諫皷鶏 2026/3/12(木) 13:54 |
翌日3月11日は東日本大震災の当日から15年目。 石巻のもう一つの門脇小学校震災遺構の地へ。ここは裏に日和山を控えていて、児童は全員避難して犠牲者はなかったそうです。 でも津波に流された家屋や車を校舎が壁となって受け止めたそうです。その際津波火災が起こり校舎に延焼。樹木も被災したそうですがそのままの姿で残されていました。年月が経ち根元から新しい芽が吹いたそうです 学校の近くに墓地があったのですが、流されて墓石だけでなく人骨も津波に掘られて流されたそうです。綺麗に見えるお墓も傷がついているものや、持ち主不明になっているものもありました。そこにも春の兆しが・・・ちょうどその時ブルーインパルスが飛んできました。石巻の友人は昔はうるさいだけだったけど、震災以降なんか嬉しいんだよね!と話してくれました。 その後日和山に上りました。 水平線まで見渡せます。ここに津波が、ここだけでなく東北から千葉の方までどれだけ大きいエネルギーなのかと恐怖でした。多くの人の幸せな日常を奪い取ったのです。 北上川の中洲にあった漫画館。その建物の丸い形が津波にも壊れなかったそうです。 この中洲には映画館や造船所もあったそうです。 津波は押し寄せる時もすごいけどひきの時のエネルギーも怖いと、そこに来ていたお兄さんが教えてくださいました。向こう岸はひきの津波で破壊されたそうです。 東北出身の友人は東京で昨日2時46分を迎えたけれど、会議の最中で誰も震災のことに触れなかったと、会議の後の話題にもならなかったと。日々の暮らしに追われているのかな?

震災遺構門脇小学校 |

被災した木にも新しい芽が |

ブルーインパルスも |

お墓には犬のふぐり、仏の座も |

今残っているのは漫画館と教会のみ |

街の賑わいがあったのです |
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