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神田の街を学生運動が席巻したころ③



昭和44年1月18日(土)東大安田講堂封鎖解除のため機動隊が学内に入り、攻防戦を繰り広げた。籠城学生を支援し順天堂病院から東大構内を目指そうとした反日共系の学生は明大前にバリケードを築き、敷き詰めてあった歩道板を割って投石用とし、御茶ノ水橋で阻止していた機動隊と衝突した。機動隊も催涙弾の水平撃ちで対抗した。翌19日(日)午後5時過ぎに安田講堂が陥落後、御茶ノ水駅から駿河台まで十一か所のバリケードで築かれた解放区が次々に撤去され、深夜ようやく街は平穏を取り戻した。この年東大入試は中止となった。
写真は陥落前の御茶ノ水交差点、右側の窓ガラスが壊されている建物が御茶ノ水駅交番。傍らの木は平成24年の現在も健在。
分 類:暮らしと生活 街の風景 
提 供:多町二丁目町会
撮影年(和暦):1969(S44)

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2012.12.05

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